明治・大正の文学者たちの書簡と草稿

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前田夕暮『潮鳴』

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前田夕暮 まえだ ゆうぐれ
明治16(1883)年7月27日~昭和26(1951)年4月20日。

歌人。神奈川県大住郡大根村南矢口に生まれる。本名は洋造。中郡中学中退。そのころ「文庫」を読み、さらに「明星」を知り、文学に傾倒しはじめ、明治37年上京、尾上柴舟に入門、国語伝習所、二松学舎に学ぶ。明治38年柴舟中心の車前草社が結成されるにおよび若山牧水、正富汪洋、三木露風、有本芳水らとともに参加。明治39年白日社を創立し「向日葵」を創刊。新詩社批判などを行ったが2号で終刊。同年および明治41年、パンフレット「哀楽」を2冊刊行。明治41年「文章世界」、明治42年「秀才文壇」の編集を行い、田山花袋、島崎藤村らの知己を得た。明治43年、歌集『収穫』を刊行、同年刊の若山牧水の『別離』と並び称され、ともに自然主義歌人として脚光を浴びた。
歌稿「潮鳴」は、10首の短歌を記している。夕暮は『哀楽』以前の習作時代において、膨大な量の短歌ノートを作っており、『前田夕暮全集』第1巻(昭和47年7月)には当時のまとまった歌稿がいくつか収録されている。その中の「夕陰草」と題された歌稿(計473首)に、この「潮鳴」の10首のうち、最初の短歌(「君が国へ……」)を除く9首が含まれている。この歌稿は、当時作られた「散発的」な歌稿の一つを考えられる。自然主義的な歌風を確立する以前の夕暮をうかがわせるものである。